植物との出会い
昔、小学生の頃。
家の隅っこに、枯れたような鉢植えがぽつんと置かれていたのを覚えています。
茶色くなった葉、乾ききった土。子ども心に「これはもうダメなんだろうな」と思ったそのとき、ふと目に留まったのが——
根元から、ひょこっと顔を出した小さな新芽。
それはオリヅルランでした。丈夫な根っこを持つ植物で、少しの湿気でも息を吹き返す生命力があります。
私はちょっと感動して、母に「これ、自分で育ててみたい」とお願いしました。
水をやると、それは見事に復活。
その瞬間から、植物を育てることの不思議さと嬉しさを、私は知ったのだと思います。
いったん離れて、また戻ってきた
母が植物好きだったこともあり、小学生のころは色々な鉢植えに手を出していました。
けれど中学、高校と、だんだんと植物から気持ちが離れていきます。
大人になってからも、夏のベランダで緑のカーテンを作ったり、観葉植物を一鉢だけ置いてみたり。
でも、どれも一時的なものになっていました。
それが最近になって、ふとまた「植物を育ててみようかな」と思ったのです。
植物って、育てると幸せホルモンが出る?
きっかけは、ストレス対策を調べていたときに目にした「オキシトシン」という言葉でした。
人とのふれあい、ペットとの関わりでも分泌されるホルモン。
「癒し」や「幸福感」をもたらすと言われています。
でも、犬や猫は私たち家族にはちょっとハードルが高い。旅行のたびに預け先を探すのも難しいし、においの問題もある。
ハムスターくらいなら…とも思ったのですが、それでも長期の世話を考えるとやっぱり迷いがありました。
そこでふと気づいたのが、「あれ?植物でもいいんじゃない?」という発想。
水をあげたり、日当たりを調整したり。
日々観察して、小さな変化に気づいて、名前を調べたり、葉の色に一喜一憂したり——
そんなふうに関わっていく中で、じんわりと心が整ってくるような感覚がありました。
植物には、答えがないのがいい
育ててみて思うのは、植物って「こうすれば必ずうまくいく」というものではない、ということ。
水の量、光の当て方、風通し……
同じ種類の植物でも、置く場所や季節によって全然違う反応をします。
そういう「正解がない」感じが、私はけっこう好きです。
試行錯誤して、失敗して、でもまた立て直せばいい。
それが人との関係にも、少し似ている気がするのです。
かなたとひよりのひとこと劇場


なんか最近、ベランダに鉢が増えてない?

そう?気のせいじゃない?

いや、水やりに出る時間がやたら長い

観察っていう名の瞑想だから

……え、そんな深いことしてたの

そうでもしないと、今日がどんな日だったか分からなくなるからさ

ちょっと分かるかも
植物を育てること、記録すること
このブログでは、これから私が育てている植物たちのことや、日々の変化に気づいたことなどを書いていこうと思います。
ベランダの小さな鉢の中には、意外とたくさんの「発見」が詰まっているんですよね。
育てることそのものが習慣になり、
観察することが自分を整える時間になり、
その小さな積み重ねが、日々の気持ちを少しずつ変えてくれる。
締めの一文
植物は言葉を話さないけれど、たしかに日々を語りかけてくれます——その声に、少しずつ耳をすませていきたいと思います。

